体のこと

【体験談1/3】自律神経失調症で2年間メンタルクリニックに通院した私がやったこと・やめたこと

今、元気ですか?
しんどい、ですか?

私はすごくしんどい時期があり、
今もそういう波があります。
ただ、変われた部分があります。

自律神経失調症やうつ病、
そうじゃなくても、
メンタルの悩みを抱えている人は、
目には見えにくいだけで、
かなり多いと思います。

周りから見えないのはもちろん、
自分にも見えないというか、
自分でも自覚できないというのが、
こわい気がします。

私も、そうでした。

有料noteで公開していたものを、
より多くの方に読んでいただきたく、
内容をさらに推敲し、
ブログで公開することにしました。

あの頃しんどかった自分を思うと、
自分がぽつんと一人で苦しかったので、
同じように一人で苦しんでいる方に、
少しでも寄り添えるといいなという思いです。

一人じゃないと思えることって、
すごく大きいと思うので。

お互い、少しでも生きやすくなりますように。

【体験談1/3】自律神経失調症で2年間メンタルクリニックに通院した私がやったこと・やめたこと

5年ほど前、
メンタルクリニックに初めて行き、
そこから2年ほど通院していました。
過去形です。

反省していること、
しておけばよかったこと、
でもできなかったこと、
今になって思うことはたくさんあって、

でも、当時はできなかったし、
もし、タイムスリップしてやり直しても、
できないんだと思います。

だとしても、
当時の私にかけたい言葉はいくつもあるし、
私と同じように今苦しんでいる人がいるのなら、
伝えたいことがいくつもあります。

それが特効薬にはなれなくても、
まだそう遠くない過去であるうちに、
それをしっかり書いておきたい。

今、こうして書くことができているのも、
あの日からは想像できないけど、

振り返って思うのは、
それは取り消せないけれど、
自分で自分を取り戻す方法を忘れずにいれば、
それがなによりの薬になる、
ということ。

正解があるなら誰も苦労はしないし、
特効薬があるなら誰も病み続けないし、
でも、それはできないから、
でも、できないからこそ、

それがダメなことってわけじゃなくて、
そういう自分とうまく付き合っていければ、
しんどさに鉢合わせたときに、
きっと、全然違った気持ちがそこにある。

私は2年通院して、
仕事も辞めたり休んだりしながら、
今もばっちり大丈夫!
とは言えないものの、
あのときとは比べものにならないような状態です。

私は、ある理由で病院に行くのも嫌になってしまって、
通院をプツっとやめてしまったダメな患者で、
(絶対におすすめしないです)
偉そうなことはまったく言えないけれど、

それでも、
あのときのしんどさが10だとして、
今は10ではないなぁと思えるようにはなっていて、

なぜ、あのときのしんどさが10だったのかとか、
できなかったこととか、
しておけばよかったこととか、
しなさいと言われたこととか、

それでもできなかったこととか、
しんどさが減らせたきっかけだとか、
今も続けていることとか、
今も忘れそうになることとか、
だけど忘れないでいられるとか、

そういうのが積み重なっていくうちに、
自分の武器や道具のようになってくれたから、

落ち込んでも、凹んでも、
苦しくても、消えたくなっても、
どん底にはならないで、
存在できるようになったと思う。

正解はないけど、
少しでいいから救いがほしい、
そういう時に手を伸ばすものが、

どうかさらに自分を苦しめるものにならないように、
あなたがそうならないことを願っています。

私はめちゃくちゃ苦しみました。

でもそれも、
多分あのときの自分が、
自分を必死に保とうという気持ちからきたものだから、

あのときの自分を消し去りたいとは思わなくて、
今も、あのときの自分がたまに戻ってきたりする中で、
それでもきっと、少しは変わったんだろうなと思いながら、
変化できた部分に目を向けて、
今、息をしている。

どん底の5年前から、今に至るまで、
少しずつ立ち直った話をします。

正解はないけど、
私のことをひとつの例として、
少しでもヒントやきっかけになれれば幸いです。

初めてメンタルクリニックに行ったこと

メンタルクリニックに行ったことがない人からしたら、
以前の私と同じように、
その場所がなんだかとてもこわいような、
なんともいえない気持ちというか、

少なくとも、
「よし!メンタルクリニックに行くぞ!」
みたいには思えない、ですよね。

私も本当にそうで、
こんなふうに思っていました。
(当時のメモです↓)

自分でそうだと思いたくなかったし、
朝、体が動かなくなったのも、
ベッドから起き上がれなくなったのも、
会社に行く途中で涙が出てきたのも、
自分が弱くて甘えてるだけでだめな人間だからだと思っていた。
メンタルクリニックという場所に、初めて行った。

絶対に行かないと決めていた場所だった。

病院に行ったら、病気にされてしまう。

よく分からない、あるはよく聞く病名がつけられてしまう。
会社に迷惑がかかってしまう。
仕事ができなくなってしまう。

ただちょっと気分が落ち込んでるだけなのに。

なんでだろう、
見えるもの全てが灰色がかって見える。
足が地面に着いていないような気がする。
呼吸ができていないみたいに息が苦しい。

始業時間に会社に行けなくなって、
謝るところから始まるようになった。

めちゃくちゃしんどかったけど、
病院に行く発想はなかったし、
そのうち大丈夫になると思っていた。

遅れて出社した私に、
「病院に行った方がいいと思う」
と声をかけてくれたのは、
少し年上の女の先輩だった。

私はどこも悪くないと思っていたし、
「すみません、精神的なものだと思うので、大丈夫です、すみません」
と答えた。

今思えば、この返答自体おかしいんだけど。

あのとき先輩が、
「私も病院に行ってたの」
と、
自身の経験を真剣に話をしてくれなかったら、
私はどうなっていたのだろう。

考えるとゾッとする。

あのとき急に意識が戻されたような気持ちで、
初めて、
あ、私、大丈夫じゃないのかも、
と思った。

ぐるぐる考える。
気乗りはしなかったけど、
先輩の言葉は私を動かしてくれた。

すぐに病院を調べた、

変な病院で、変な先生で、変な薬を処方されたらどうしよう、
というのがこわかったから、
口コミが投稿されている病院をあれこれ調べた。

朦朧とした意識の中、
「先生が笑顔で優しくて安心します」
みたいな口コミが、決め手だった。

家からも職場からも全然通いにくい病院だったけど、
家や職場から近いところにいい病院があるわけではないし、
少しでも不安が少ないと思える場所にしたかった。

何度考えてもゾッとしますが、
あのとき、
先輩が声をかけてくれなかったら?

私は今、
こうして文章を書けなかったかもしれない。

世界はグレーに染まったままだったかもしれないし、
そんな世界をこの目で見ることすら、
できなかったかもしれない。

私はたまたまそういうきっかけがあって、
ハッとすることができて、
病院に行こうと思えたけれど、

私も紙一重であったように、
そういう存在が、そういうきっかけが、
ない人も多いと思います。

何か気が紛れるようなこと、
うまくリフレッシュできること、
そういうことができてる人はいいと思うけど、

でも、
それができないから、
苦しいんですよね。

私はひとりだったし、
家族にも話ができるわけでもなかったし、
食べることで気を紛らわす日々でした。

もしあの時の自分に会えるなら、
伝えたいことがたくさんあります。

でも、それは残念ながら叶わないから、
だから今、奇跡的に少し立ち直った私は、
あの時の私と同じように苦しんでいる人に、
何か少しでいいから伝えたい。

病院に行くのは、
通い続けるかどうかとか、
一生の大問題とか、
身構えないで大丈夫です。

…私は結構重大なこととして考えてしまったので、
もし同じように思う方がいらしたら、
今なら、そう伝えたいです。

嫌ならやめるとか、
別の病院に行くとか、
自分で選んでいいんです。

でも、思うのは、
行かない状態でしんどいのなら、
試しに行ってみるのはいい選択かも、
ということです。

私も、あれほど毛嫌いというか避けてきましたが、
それを後悔したというか、
行ってみて初めて分かったことが、
たくさんあります。

例えば、

想像していた、どんより暗いような病院ではなく、
明るく、キレイな病院もあるとか、

見るからにひどい状態の人ばかりなんだろうと想像していたら、
みなさん
「何も特別じゃない人たち」
ばかりだったとか、

「知り合いでも家族でもない人に何か話す」
ということが、
「知り合いでも家族でもないからこそ話せる」
ということでもあるとか、

約束通りに通うことすら難しく不安だったけど、
それができるようになったことを嬉しく思えるようになったりとか、

あと、メジャーな制度かは分からないのですが、
少なくとも私は全然知らなくて、
病院で先生に教えてもらって、
知ることができた制度があります。

私が病院に行って知れたことの中でも、
一番よかったと言ってもいい、
「傷病手当金」という制度です。

(
後で詳しくお話しします)

これを知らなかったら、
その後の「仕事ができずに休んでいる期間」の不安は、
より深刻なものになっていたと思います。

知らない人が損をするというのはこういうことで、
しかも、メンタルがボロボロな時には、
頭が働かず、調べたりできないものなので、
もし知らない方には、知っておいてほしいです。

ただでさえ心がしんどい中、
お金の心配が少しでも減るというのは、
すごく大きなことです。

でも、知らなければもらえないものですから、
私も、知らないままでいたかもしれないと思うと、
ちょっとこわくなります。。

今がしんどくても、
あなたの気持ちが少しでも楽になる未来を、
願っています。

自律神経失調症と診断されたこと

初めて行ったメンタルクリニックは、
とても綺麗で、明るく、眩しいくらいで、
想像していた「こわい場所」とは、
全然違った。

一番驚いたのは、
先ほども触れた通り、
待合室にいる何人もの人たちがみんな
「何も特別じゃない人たち」に見えたことだ。

ある意味これにホッとし、
ある意味これにゾッとした。

初めて会った先生は、
口コミ通り優しく、終始笑顔だった。

最初の診察では、
自分や会社の話をして、
不眠症気味であることも話した。

最初は、軽めの睡眠薬と、漢方薬を出された。

2週間後くらいの診察で、
あまり変わらないと話をしたところ、
「そうよね」と慣れた感じで、
診断書が出された。

「自律神経失調症」

当時の私はその名前を知らくて、
なんだろう?という感じで、

先生からは、

「鬱にしちゃうとね、
次の就職とかにも影響出ちゃうし、
オオゴトになっちゃうから。
ちょっとそれより軽めのイメージかな。」

そういう説明をされた。
帰りの電車で病名を検索して、
なるほどなぁと思った。

診断書には、
自律神経失調症であること、
1ヶ月の休養が必要であることが書かれていて、
会社に提出した。

私は診断書を先生からもらうときにも、

「会社は数人の小さい規模で、
だから、私は休めないんです。
休んだら他の人たちに迷惑が…」

などと返していました。

多分、
私と同じように考える方、
多いんじゃないかと思います。

「だから」こそ、
そこまで追い詰めて、
しんどくなってしまったんですよね。

でも、

休めない会社はそもそもおかしいし、
自分が休んだことで大問題になる会社はおかしいし、
自分が休むことをダメだと言うような会社はおかしいです。

ほんと、こういう発想すら、
弱っているときには浮かばないもので。

自分が悪い、自分がダメだ、みんなが正しい、
みたいに思って、さらにしんどくなります。

どうか、
休むことも一つの大切な仕事と思ってほしいです。
というか、
自分の命より大切なものはないです。

(命がけの仕事をしている方や、
命がけで出産をされる方は引き合いには出さない前提で)

それでもなかなか休めないという方は、

「休んだらみんなに迷惑が…」
ではなくて、むしろ、
「休まないとみんなに迷惑がかかる」
くらいに思っていいです。

私は当時この発想はできなくて、
ずいぶん後でハッとしたんですが、
もっと早くそう思えていれば…
という気持ちです。

私はというと、
絶対ダメだし、
絶対やってほしくないんですが…
次の項目に続く通り、

「診断書を無視して通勤し続けた」んです。

もしあのとき、
診断書の通り一ヶ月休んでいたら?
と、
今いくら考えても仕方のないことですが、
今、あのときの私と同じことをしそうな方には、
絶対に休んでほしいと伝えたいので、
続いてお話していきます。

診断書を無視して通勤し続けたこと

診断書には、
一ヶ月の休養=会社を休むよう、
書かれていました。

でも、私はそれを会社に提出しながら、

「こう書かれてしまいましたが、
会社をこんなに休んでしまうと迷惑なことはわかっているし、
私は大丈夫だから、休まないでいいです。
ただ、今、こういう状態であることは伝えておきます。」

みたいなことを上司に話しました。

結局、私は会社を一ヶ月休むということはしませんでした。
会社もそれを承諾しました。

その代わりというか、
1週間だけ休ませてほしいとお願いしました。

ちなみに、
私が当時勤めていた会社は、
名ばかり会社というか、
名ばかり正社員というか、、

色々と真っ黒だったもので、
雇用保険は未加入で、
健康保険には入社後しばらくしてやっと加入できた、
という感じで、

月給が固定=正社員
という意味だけでいえば、
確かに正社員でしたが、
保証がほとんどありませんでした。

当然、というか、
残業代も出ないし、
ボーナスも出ないし、
有給休暇も存在しませんでした。

今思うとほんと早く辞めればよかった、
んですが。。

正式な有給休暇はないし、
残業代もないものの、
早退や休みたい日を相談すれば、
それはOKという謎のルールだったのは救いでした。

それもあり、
上司と社長と話し合いをして、
1週間、減給なしで休ませてもらうことになったのです。

その1週間で、
もしかしたらよくなるかもしれない、
と思っていた部分もありました。

ですが、当然といえば当然ですが、
ちっとも変わりませんでした。

毎日ぐったり寝ていたし、
1日だけ、神社まで散歩に行った記憶がありますが、
(神にすがりたかった)
生きた心地のない、
あっというまの1週間でした。

ただただ、時間が過ぎ、
あぁ今日も終わってしまった、
あと何日後にはまた会社に行かないといけない、
ということ繰り返しでした。

このことは、
メンタルクリニックで正直に話しました。

心臓がバクバクして、
怒られるんじゃないかと怯えていましたが、
先生は、私を責めませんでした。

「そうですか、頑張ったんですね。
その休んだ1週間は、どうでしたか?」

と、いつもの笑顔で話を聞いてくれました。

ちなみに、
1週間ぶりに行った会社では、

「どうー?休んで元気になった!?」

と言われました。
(…当時の気持ち、お察しください)

そんなわけで、

休みなさいと言われたからには、
休みましょう。
当たり前なんですが。。

私はできなかったので、
念のため書いておきます。

メンタルクリニックに通い始めた数ヶ月後の春、
私は会社を辞めました。

当然、辞めてハッピー!みたいなことはなく、
苦しみは続き、
今思い出しても苦しいし、
忘れないです。

けど、あの頃の方が辛かった、
今は、あの頃より大丈夫、
と思えるほどにはなりました。

あの頃、見える景色は全部グレーがかって見えたけど、
今は、見える景色は見たままの色に見えるし、
呼吸も、少しずつ上手になってきました。

だから、
というわけではないですが、
こんな私でも生きてていいし、
生きる場所は自分で選んでいいんです。

今がつらいと、
この先もずっとつらいに決まってると思ってしまうし、
もうここで終わらせてしまいたいと思ってしまう。

私もそうでした。

でも、
今いる場所が人生の全てではないし、
今の状態が一生続くかどうかは分からないです。

だから、今の場所や状態がつらいなら、
試しに別のことを選んでみてほしいです。

それがなかなかできないことは、
痛いほどわかります。

でも、
すぐにすんなりできなくても、
どうか、呼吸をやめないでほしい。

呼吸がしやすい場所が、
今はまだ見つかっていないだけで、
他にたくさん隠れているだけ、
まだ出会ってないだけ。

まだまだ大丈夫。

あの時「できなかったこと」が「できるようになった」こと

メンタルがどん底だった頃に、
しておけばよかった、
と思うことは、
今ならたくさんあります。

でも、あの時はできなかったし、
今でこそ、しておけばよかったと思えるけれど、
やっぱり、過去に戻っても、
あの時の自分には、できないと思います。

でも、
こうしていれば自然に取り入れられたかもしれない、
こういう知り方をしていたらできたかもしれない、
と思っている部分があります。

会社を辞める前には、
先生に話す内容は会社のことが多かったですが、

辞めた後はというと、
苦痛な場所や時間がひとつなくなったのは確かですが、

それは楽になったと言うより、
ぽっかり穴があいたようでもありました。

会社に行かなくなった分、
時間がたくさんできたわけで、

だからと言って、
「わーい!会社に行かないでいいんだー!」
なんて明るい気持ちには全くならず、

「あぁ今日もまた何もない日が始まる」
という、絶望感から始まり、

「あぁ今日もまた何もない日が終わる」
という絶望で終わる日々。

来る日も来る日も、
ほぼ引きこもっていたので、

外に出るのは、
ゴミを捨てに行く時だけ、
みたいな日々でした。

今でこそ、

朝起きれば着替えること、
天気がよければ散歩すること、
自然な食事をすること、

そういう当たり前のようなことができますが、
少し前まではちっともできなかったし、
しようとも思えなかったです。

ただただ過ぎる日々は、
辛い会社に通うのとはまた違う、
別の苦しみが待っていました。

「休み方」が分からず、
それが下手すぎた私にとっては、
焦るばかりで、
心も体も休まりませんでした。

退職して2週間しか経っていない頃に、

「もう2週間も経つのに、全然駄目なんです。
何もできないし、よくならないんです。」

と先生に相談し、

「まだたった2週間くらいでしょ?
慌てないで、ゆっくり休みましょうね。」

となだめられたのですが、
今思うと、ほんと、焦りすぎだし、
焦る→休まらない→焦る→休まらない
の負のループすぎて…

どうしたらいいか分からない私に、
先生は色々とアドバイスしてくれましたが、
声は聞こえるけれど、
心に入ってこないような感じでした。

先生にいくら
「こうしてみましょう」
と言われても、
できなかったことばかりでした。

今思えば、
先生の言う通りにしていれば…
と思えるのですが、

当時の私からしたら、

「明るく笑顔で幸せな先生はできるだろうけど、
私にはできないに決まってる」

みたいな気持ちだったんです。

だから、
いくら正しいと分かっていても、
すんなり言うことが聞けなかったし、
私には無理、としか思えませんでした。

例えば、散歩。

「
家の中にずっといると悪いこと考えちゃうから、
家の近くを少しでいいから、散歩してみましょう?」

と、何度も言われました。

でも、散歩はおろか、
朝起きることも、
起きて着替えることも、
できませんでした。

できる気が全くしなかったし、
「そうは言っても、できないし!」
と思っていました。

例えば、食事。

「何を食べるかはすごく大切だから、
栄養のあるものを食べて、
砂糖や油は控えめにしてね?」

と、何度も言われました。

そういったことを学習するような、
グループレッスン?にも誘われましたが、
ものすごく嫌で、
全力で拒否しました。。

自分のダメなところを、
先生ならまだしも、
謎の人たちに見られるなんて、
考えられませんでした。。

今思うと、
もしかしたらそれがいいきっかけになったかもしれないし、
参加したら別の未来があったのかな?
と、
ちょっと思ったりもしますが。。

当時の私はというと、
食べることでストレス発散をするというか、
心の隙間を咀嚼することで紛らわしていたので、
ひたすら食べ物を詰め込んでいました。

私の場合は特に、
メンタルと食事の仕方が強く結びついていて、
たくさん食べて10kg位太るなどしやすいですが、
逆に食べられなくなって一気に7kg減ったりもして、、

会社を辞める前後には、
食べるモード全開だったので、
かなり太ってましたね。。

栄養バランスなんて考えてなくて、
99%コンビニ食で、
お弁当やスイーツ、パンやお菓子など、
砂糖と油、添加物オンパレードな食事で、

しかも量がとんでもなく、、

サラダ、汁物で始めるのはいいとして、
お弁当やごはんものが「前菜」のような扱いで、
そこからスイッチが入り、

菓子パン3個、おむすび、ドーナツ5個、スイーツ、おむすび、お菓子…
みたいな感じで、
甘いものとしょっぱいものを無限ループ。

寝落ち寸前まで食べて、
座ったまま机に突っ伏して寝てしまい、
数時間経過、下手したら朝になる…
なんてことも多かったです。

ベッドに横になろうとしても、
食べ物が喉までぎゅーぎゅーに詰まっているような状態だと、
ウッ…と気持ち悪くなってしまい、

せっかく眠れそうなのに横になれず、
立ってウロウロするしかないみたいな日もありました。

食べることに依存し、
食べることで自分を保っていました。
(保ててないんですが、保っているつもりでした)

会社を辞めた後もそれがやめられず、
会社に行かなくなった分、
1日中食べ続けるような日も増えました。

食べることで自分を保っていた私にとって、
食べるものを制限したり、
砂糖や油を控えたり、
健康的な食事をしましょうというのは、
全然考えられなかったです。

というか、
「私の唯一の救いを取り上げないで!」
みたいな気持ちでした。

回復しつつある時期になって、
ようやく、
先生の言葉の意味に気づきました。

でも、当時はすんなり入ってこなかったし、
当たり前のことが当たり前にできないから、
苦しいし、しんどかったわけです。

もし、同じように感じる方には、
人の言葉がすぐに受け入れられなくても、
しなきゃいけないことができなくても、

「今がうまくいってないんだから、別のこと試してみよう」
「今がうまくいってないんだから、逆のことしてみよう」
「今がうまくいってないんだから、一度やめてみよう」

みたいな考え方ができるといいなぁと思います。

それが難しいんですが。。

絶対に無理!
と思っていることも、
意外と小さなきっかけで、
あれ?できるかも?
に変わったりします。

数年前には考えられなかったですが、
今の私は、
性格は変わらないけど、
確実に変わったと思うところがあります。

簡単ではなかったけれど、
自分でじわりじわりと重ねたり変えたりしたことで、
そのちょっとずつが自信につながったりして、
気づいたら大きく変わっていたという感じです。

あの頃は無理だと思っていたけれど、

今は、朝起きたら着替えるし、
(時々できなくてもいいし)

散歩も、晴れていればできるようになったし、
(雨や気分でできなくてもまぁいいし)

食事も、心と体にもいいものにできつつあるし、
(時々は何でも好きに食べるし)

睡眠も、睡眠薬なしでたっぷりぐっすり眠れるようになったし、
(眠れないときには対処法もあるし)

絶対に無理、だったことたちが、
今は、日常の習慣になりつつあります。

過去の自分に、
大丈夫だよ、そのうちできるようになるからね、
と言ってあげたいし、

今、できないことがあって悩んでいる人は、
今、自分に言ってあげてほしいです。

「絶対無理だ」と絶望していた私も、
なんとか、生きています。

自分がダメなんじゃないんです。

何かが自分をそうさせている、
というだけであって、
それが何か?が見つけられれば、
絶対に、いい方向に変えられます。

ダメだダメだと責めるのはしんどいし、
それだと、何も解決しない、です。

ダメだと責める代わりに、
何が自分をそうさせたんだ?
と考えるようにするといいです。

そうやっているうちに、
原因や理由が明確になって、
それがハッキリすれば、
対処できるようになります。

悪いのは自分じゃなくて、コレだ!
だから、コレをこう対処すればいい!
みたいにできれば、
暗い気持ちはなくなっているはず。

それが習慣になれば、
めちゃくちゃ強い!
です。

小さな習慣は、
確実に自分を変えます。

自分にしかできないからこそ、
できたときには自信になります。

朝起きて、着替えもできなかった私ですが、
そんな私でも、できるようになりました。

私、朝着替えて、すごい!
と思えるようになったのは、

着替えられないこと1つ取っても、
自分を責める代わりに、
何がそうさせるのかな?
どうすればできるようになるかな?

と、考えられるようになったからです。

こう考えられるようになると、
見える景色が変わります。

時々できなくてもよしとしながら、
できたときには大いに自分を褒めながら、
ちょっとの変化、
ちょっとの成長を感じるうちに、

自分を責める代わりに、
原因やきっかけを探るうちに、
できるようになっていることが、
少しずつ積み重なっていって、

それらが自分を支えてくれる、
大きな自信に変わっていく感じです。

今も、つい自分を責めそうになりますが、
責めるとしんどくなるのを思い出し、
責める代わりに自分を観察します。

すぐにできなくても、
少しずつできるようになるといいですよね。

きっと、できるようになりますから、
今できなくても、大丈夫です!

このあたり、
実際にどうやって変わることができたか、
次回詳しくお話します。

次回2/3に続く・おすすめ本

次回に続きますが、
読んでよかった本というか、
あの頃読んでおきたかった…と思っている本と、

その本について、
詳しく書いた記事をいくつか。

幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない

今のところ、一番読んでよかった本です。

完全復職率9割の医師が教える うつが治る食べ方、考え方、すごし方

タイトル通り、より具体的な方法が分かる本です。

いやな気分よ、さようなら

自分の「歪んだ思考」が、
いかに自分を苦しめているか分かった本。

<関連ブログ>

【人生が変わる】自律神経失調症・鬱で辛い時、生きようと思えたおすすめの本メンタルがつらい時、 何もしたくなくなりますよね。 好きだったことすら嫌になり、 全てがしんどくなります。 そもそも、 ...
付箋だらけになったACT入門本:幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない 【書評・感想・口コミ・レビュー】 幸せになりたい人も、 幸せになれないと悩む人も、 見える景色が変わる本。 それが、 「幸福になりたいなら幸福になろう...
完璧主義で自分を責めて辛い人におすすめの本「いやな気分よ、さようなら コンパクト版」【書評・感想・レビュー】 「自分はなんてダメなんだろう」 「なぜ完璧にできないんだろう」 「自分なんて生きる価値がない」 そう考えて辛い、という...

ここまでお読みいただき、
ありがとうございます。

ABOUT ME
まなき
ミニマリストの途中。服飾専門学校卒でアパレル業界勤務経験アリ。洋服のお手入れ、お直し、心や部屋のお掃除の話など徒然。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。